私にとってのCMNFと「裸足」
CMNFという言葉があります。
Clothed Male, Naked Female。
文字通りに捉えれば
「服を着た男性と、裸の女性」。

でも私は、単純に男女の服装が違うというだけのものとしてCMNFを見ていません。
私が惹かれるのは
その姿によって【立場の違い】が目に見えることです。
服従というものは、本来目には見えません。
誰が従う側なのか。
誰が上で、誰が下なのか。
それ自体に色や形があるわけではありません。
けれど、それを目に見えるように可視化するとしたら。
私にとってCMNFは、その一つの形です。
人様は服を着ている。
私は何も身につけていない。
人様は靴を履いている。
私は裸足で、直接地面や床に足をつけている。
同じ場所にいるのに
許されているものが違う。
その差が大きければ大きいほど
言葉にしなくても、お互いの立場が見えてくるように感じます。
だから私は、裸でいることだけでなく
【裸足】でいることにも強くこだわっています。

私自身がAVなどを見るときも
自然と女性の足元を見てしまいます。
素足なのか。
靴や靴下が残っているのか。
同性である女性を見ていても
靴も靴下も脱がされて、正真正銘の全裸になっているかどうか。
私にとっては、そこが一つの性的なポイントであり
昔から変わらないこだわりでもあります。
特に好きなのが
立ちバックなどではまだハイヒールを履いていて、その後ベッドに移り、バックや正常位になるタイミングで靴まで脱がされ、裸足になるような流れです
最初から裸足なのとは
私の中では少し違います。
さっきまで確かに履いていたハイヒールがなくなり
最後には足元にすら何も残っていない。
その変化がきちんと映像に収められている作品が好きです。
ところが、実際の作品では
この部分は意外と省略されてしまいます。
立っているときにはハイヒールを履いていたはずなのに
ベッドの場面になった途端、気づけば裸足になっている。
「いや、そこを見せてほしかったのに」
と思うこともしばしばです
おそらく多くの人にとっては
どうでもいい部分なのだと思います。
でも、私にとってはどうでもよくありません。
靴を履いていた女性が
その靴まで脱がされて裸足になる。
その「途中」まで含めて
何も身につけていない状態になったことを実感する大切な描写なのだと思います。
だから、自分自身がその立場になるときも同じです。
外だから靴を履く。
室内だからスリッパを履く。
そんな人として当たり前のことも
指示がない限り、私には必要ないと思っています。
人様が靴やスリッパを履いている中で
私だけが裸足で地面や床に足をつけている。
ほんの些細な違いです。
でも私にとっては
その些細な違いこそが重要です。
服従とは、目には見えないもの。
それを目に見える姿にするとしたら
こういうことなのだと思います。
服を着た人様と
何も身につけず、裸足でいる私。
私にとってCMNFとは
単なる露出の差ではありません。
目には見えないはずの関係性を
目に見える姿へ変えるものです。
これまで投稿してきた写真や動画も
ぜひ一度、そんな目線で見直してみてください。
そして私の足元を見て
「お前には【裸足】がお似合いだ」
そう侮蔑していただけたら幸いです。
