わたしのはじめて
生きていると、さまざまな「はじめて」を経験するものだと思います。 私もこれまで、数多くの「はじめて」を重ねてきました。
ここでは、その中の一部をお話ししたいと思います。
学生の頃、はじめてを経験しました。そう、初体験(セックス)です。
今思えば、そこまではいたって普通の恋愛でした。 場所はラブホテル。勃起したチンポを初めて見たのも、それをしゃぶったのも、男性に自分の性器を見せたのも、この日が初めてでした。
さまざまな「はじめて」を経験した一日でしたが、実はそれほど強い印象は残っていません。 ただ、この日の出来事が私の人生を大きく変えたことだけは間違いありません。
この日以降、「はじめて」というハードルが外れた私は、まるで盛りのついたサルのように、毎日セックスに溺れるようになりました。 誰もいない教室、非常階段、カラオケ、公園。 少しでも時間が空けば、自然と股を開いていました。
窓に映る、自分がセックスしている姿を見たとき、「私、動物みたい……」と思ったのを覚えています。 そしてその感覚に、強く興奮しました。
セックスという生物的で野性的な行為をしている自分の姿が、とてもいやらしく見えたのです。 荒くなった呼吸や、イキそうな表情など、すべてが普段の自分からは想像できないものだったからです。
それからのセックスでは、さらに大胆に乱れるようになりました。 セックスのときにしか見せない私。 いつの間にか、そんなギャップに自分で興奮するようになっていました。
そして、色々な人に自分の裏の姿を見られたいという欲求も出てきました。
その結果、次第に私は「誰にでも股を開く女」として知られるようになっていました。 学年の五分の一くらいの男子とはセックスしていたと思います。
男子同士で「あいつ、セックスのときすごい声出すんだぜ」と噂されている自分に、たまらなく興奮していました。
それからは、ただセックスをするだけでなく、「Tバックやノーパンで学校に来い」「待ち合わせ場所に露出度の高い服で来い」といった命令にも従うようになっていました。
そんな命令は男子同士で共有され、性の対象として見られている自分に興奮していました。
ただ、当時の男子たちもまだ慣れていない命令ばかりだったので、今思えば可愛げのあるものばかりでしたが、当時の私にとってはとてつもないハードルに感じられました。
さて、ここまで書いてきましたが、昔と今で大きく性癖が変わっている感じはしません。 今も日常とのギャップにたまらなく興奮しますし、命令されると興奮します。
なんなら、今の私の日常は、この裏の顔のためにあると言っても過言ではありません。 学生時代に形成された癖をここまで拗らせ、生活に組み込んでいる状況です。
ですが、後悔も罪悪感もありません。
あのときの「はじめて」が、今の今まで続いていると思うと、少しエモーショナルな気持ちになります。
続きはまた今度にしましょう。
ありがとうございました。
